麻布獣医科大学38年卒 折 坂 金 弘
(日本獣医学史会員、日本ウマ科学会会員)
本学の学長であり、学術会議議長であった越智勇一先生の名言として「全ての学問はその歴史の上に建つ」がある。
我々の学んでいる獣医学(古くは馬医術)は長い歴史の中で、多くの先人の経験や科学の積み重ねの成果の上に成り立っている学問である。日本の獣医職名(馬医師)は大宝律令(701)には記載され、さらに実施された治療内容は平仲国が中国より帰朝(804)後から記録「仲国百問答」がはっきりするなど古い歴史がありながら、現代に至るまでの古文書(獣医学書・絵など)は僅かに国立図書館、一部の大学図書館、個人所有であり我々が調査に行っても見せて貰うことすら出来ない、記録にはあるが滅失した古文書もある。
多くの獣医職(馬医・伯楽あるいは軍獣医官など)が長い年月を掛けて創意、工夫、改良して作り上げた治療用具にいたっては地方の民俗博物館、郷土博物館、JRA「馬の博物館」、個人収集品として僅かづつほとんど全国に分散しており、獣医学徒が研究やその発展の歴史を知ろうとしても大変な労力を必要とし不可能に近い。これらの治療用具(刺絡、烙鉄、削蹄用具、伯樂鋏など)は鉄で作られているため、錆びが生じ手入の悪い地方の博物館に保管されているものは、錆びて形状のみというものもある。さらにこれらの学術資料は美術品などの様に骨董価値がなく、売買されないため「元伯樂の家」などと言われる家ではゴミとして捨てられているのが現状である。また、陸軍で研究開発された用具は関係者(軍の将校は現在 90才以上)は亡くなりつつあることもあり、数年後には滅失すると思われる。すなわち現時点で収集・保管・展示は急を要すると考える。
獣医学分野では獣医学博物館・資料館は皆無であるが、医学・薬学においては各大学の記念館内などに資料館が設置されさらに独立の博物館もあり公開されている所もある。大阪の淀屋橋には緒方洪庵先生の設立した適塾(日本初の医学校)がそのまま保存され、公開されており、当時使用した手作りの手術用具などが良く手入れされて展示されている。大学の記念館や資料館には各大学の設立の経緯を示す資料や教材として使用された教科書、器具、用具などが時代毎に整理展示されている。さらに、新入生や来館者にはパンフレットを渡してその学校の設立目的や医学・薬学の歴史が一目で理解できる様に配慮され設置、配列されている。
さて、麻布大では幾多の先人(故上条理事他)が獣医資料館(仮称)の設置を提唱され、今、高橋 貢理事長、池澤聖明先生他が獣医資料館の準備委員会を立ち上げたとのことを聞き及び力強く感じます。小生も獣医治療用具が錆びなどで滅失することを恐れて15年ほど前から知人に頼んだり市場(骨董市、刀剣市など)で収集し分類整理して、日本獣医史学会(事務局;麻布大)で6回に渡り発表、獣医畜産新報(JVM)・馬の科学に8編(2編は投稿中)の論文に分けて発表(収載)済みまたは投稿中である。
収集した資料は麻布大に資料館が設立されたら喜んで寄贈するつもりで準備中である。この資料館が設置されると、日本で唯一の獣医資料館となり医学・薬学分野、さらに外国に設置されている獣医資料館に対しても胸を張って、日本の獣医学の歴史を説明できる場所が出来ることになる。
また大学の設立経緯と辿った歴史資料を陳列・展示することにより、新入生や来館者に学校の歴史や獣医学の意義を学んでいただくことが出来ることになると思いますがいかがでしょうか。
歴史を学ぶ資料が失われ、見る機会がなければ、獣医学の将来はありません。金銭利益を生み出すものではありませんが獣医学の発展・将来のためには不可欠のものと思います。また、獣医資料館の設立が麻布大の存在と獣医界のリーダーとしての礎になると信じます。
私は歴史を学ぶのは「史実を過去の反省と新たなる発展に寄与させることにある」と思考しています。